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【宇治川の黒鉄】 稲葉一鉄 【信長の野望 出陣】

列伝報酬

この記事では【信長の野望 出陣】(信長出陣)に登場する武将の1人である【宇治川の黒鉄】稲葉一鉄について解説します。

基本情報

能力

戦法

特性

列伝

斎藤家臣。美濃三人衆の1人。主家滅亡後、織田家に仕える。姉川合戦では浅井軍に横槍を入れ味方を勝利に導いた。頑固な性格から「一徹」の語源になる。

解説

2024年最後の列伝イベント【大義と野望】の新報酬武将として登場。

旅人の駆け出し
旅人の駆け出し

SRの稲葉一鉄は斎藤家所属でしたがこちらは織田家の所属での登場となりました。

総合能力値は297とSSRとしては低め。
斎藤家では斎藤道三に次ぐNo2の能力値でしたが、綺羅星の如くSSR武将がひしめく織田家内では目立った能力値ではありません。

兵種は足軽兵種。
足軽兵種は全兵種の中で武将数が最多の兵種です。
織田家は全武将最多を誇る勢力です。
東海地方は全地方で最も武将数が多い地方です。

そのため、これら条件に全て合致する一鉄は編成ボーナスを発動させやすい武将と言えます。

戦法は【固執付与】と【防御上昇】の効果を持つ弱体系戦法。
強化することで【攻撃上昇】の効果も付きます。

旅人の駆け出し
旅人の駆け出し

稀代の頑固者という逸話からいえば、固執を付与する側よりも、固執を付与された時に能力値が上昇するような設定だと面白かったんですけどね…

戦法発動間隔は21秒です。
範囲は強化後でも敵1部隊です。
【防御上昇】と【攻撃上昇】は強化することで小範囲となります。

旅人の駆け出し
旅人の駆け出し

系統が弱体戦法のため、同じ部隊の攻撃系戦法よりも先に発動できます。
同じ部隊に武勇攻撃戦法持ちがいれば、攻撃上昇してから武勇攻撃戦法を発動させることが狙えます。

【通常攻撃ダメージ軽減・足軽】を持ちます。

旅人の駆け出し
旅人の駆け出し

列伝イベント【毛利三矢】では【通常攻撃ダメージ軽減・弓】を持つ【瑶甫の舌鋒】安国寺恵瓊が登場しましたが、こちらは足軽版です。
前衛である足軽兵種は通常攻撃を受けやすいため、こちらの方が有用な機会が多そうです。

【攻撃上昇・足軽】を持ちます。
織田家は兵法上昇系の特性を有している武将は多いですが、攻撃上昇系は貴重です。
戦法効果にも攻撃上昇を有するので、【槍の又左】前田利家や【不退転の勇武】柴田勝家といった武勇攻撃持ち織田家足軽武将の配下として起用するのが良さそうです。

【兵数上昇・副将】を持ちます。
大将を支える意識が低いのか、織田家のSSR武将で副将特性を持つ武将は少ないです。
ねねと帰蝶がそれぞれ有していますが、男性武将だと織田家SSR武将では一鉄が初めてとなります。

【被回復量増加・織田家部隊】を持ちます。
武将数最多を誇る織田家ですが、回復量増加系の特性を持つ武将は少ないです。
効果量は最大で40%であるため、織田家の盾役部隊に組み込む場合は有用な特性です。

元斎藤家とあって、織田家の古参武将たちとは特性構成が異なる印象です。
能力値的には際立ったものがありませんが、他の織田家SSR武将が有していない特性を持っているため、編成次第では貴重な人財となりそうです。

織田家関連記事

【古今伝授】 細川藤孝 【信長の野望 出陣】
足利家臣。主君・義輝の横死後は義輝の弟・義昭の擁立に貢献した。その後は的確な状況判断で細川家の命脈を保った。古今伝授を受けた文化人としても著名。出陣においては戦法ゲージ上昇・足軽により義輝を始め多くの足軽武将の戦法発動を早める事が可能です。
【博学多才】丹羽長秀 | 信長出陣(信長の野望 出陣)
織田家臣。「米五郎左」の異名をとる。安土城の普請奉行を務めるなど、行政面で活躍した。本能寺の変後は羽柴秀吉に属し、越前北庄120万石を領した。出陣においても織田家部隊を支える良将です。同じ部隊の織田家武将の配下戦法連係率を向上させることが出来ます。
【百万の将】 蒲生氏郷 | 信長出陣(信長の野望 出陣)
織田家臣。賢秀の子。主君・信長の娘を娶る。本能寺の変後は豊臣秀吉に仕え活躍、陸奥会津92万石を領した。文武に秀でたその器量を秀吉は恐れたという。出陣においても織田家・豊臣家問わず活躍できる良将です。特に【百万の将】 は騎馬部隊に対して非常に高い戦果が期待できます。
【九鬼の砲威】 九鬼嘉隆 | 信長出陣(信長の野望 出陣)
織田家臣。志摩海賊衆の1人。木津川口合戦での大敗を契機に「鉄甲船」を建造し、毛利水軍を粉砕する。その功で大名に出世し「海賊大名」の威名をとった。出陣には残念ながら海戦はありませんが、織田家鉄砲隊の火力を大きく向上させる武将として槍働きが期待できます。
【攻めの三左】 森可成 | 信長出陣(信長の野望 出陣)
織田家臣。尾張統一戦や桶狭間合戦などで活躍した。宇佐山城主を務め、琵琶湖の南岸を固める。のちに浅井・朝倉連合軍の攻撃を受け、衆寡敵せず戦死した。出陣においても高い武勇を誇ります。勇将持ちのため織田家部隊の武勇を底上げ可能です。統率に秀でた織田信長や明智光秀の配下とすれば武勇が大きく底上げされ名将ボーナスの発動が容易となります。
【鬼武蔵】森長可 | 信長出陣(信長の野望 出陣)
織田家臣・森可成の子。長可。「鬼武蔵」の異名で恐れられた猛将。長久手合戦で井伊直政らと激闘を繰り広げ、討死した。出陣でもその武勇は健在で、織田・豊臣両家の騎馬隊の火力を底上げする強力なサポート要員として活躍します。
【瓶割り】 柴田勝家 【信長の野望 出陣】
織田家臣。「かかれ柴田」の異名をとった猛将。北陸方面軍の総大将を務めた。本能寺の変後、羽柴秀吉と争い賤ケ岳合戦で敗れ、居城・北庄城で自害した。
【福井城】 柴田勝家 【信長の野望 出陣】
織田家臣。「かかれ柴田」の異名をとった猛将。北陸方面軍の総大将を務めた。本能寺の変後、羽柴秀吉と争い賤ケ岳合戦で敗れ、居城・北庄城で自害した
【不退転の勇武】 柴田勝家 【信長の野望 出陣】
織田家臣。「かかれ柴田」の異名をとった猛将。北陸方面軍の総大将を務めた。本能寺の変後、羽柴秀吉と争い賤ケ岳合戦で敗れ、居城・北庄城で自害した。
【奸計逆取】 宇喜多直家 【信長の野望 出陣】
浦上家臣。乙子城主。権謀術数の限りを尽くして敵を葬り去り、家中最大の勢力を築き上げる。最後は主君·宗景を追放して備前国を掌握した稀代の謀将。
【銀の鯰尾】 蒲生氏郷 【信長の野望 出陣】
織田家臣。賢秀の子。主君・信長の娘を娶る。本能寺の変後は豊臣秀吉に仕え活躍、陸奥会津92万石を領した。文武に秀でたその器量を秀吉は恐れたという。
【退き佐久間】 佐久間信盛 【信長の野望 出陣】
織田家臣。各地の合戦で活躍し「のき佐久間」の異名をとる。石山本願寺攻めの総大将を務めるが、本願寺の退去後、怠慢不手際の叱責を受け、追放された。
【淀みなき義心】 明智光秀 【信長の野望 出陣】
織田家臣。優れた才知と教養により重用されるが、突如謀反を起こし信長を本能寺に討つ。しかし事後調略に失敗し、山崎合戦で敗れ逃亡中に亡命した。
【天下への大望】 織田信長 【信長の野望 出陣】
信秀の嫡男。今川義元を桶狭間で破る。以後、天下布武を標榜して敵対勢力を次々と滅ぼした。天下統一を目前にして、明智光秀の謀反に遭い本能寺に散った。
【綿上添花】 帰蝶 【信長の野望 出陣】
斎藤道三の娘。濃姫。父よ織田家が和睦した際、織田信長に嫁ぐ。本能寺の変後は信長の次男・信雄を頼り、尾張に化粧領を与えられ安土殿と呼ばれたという。

列伝報酬武将

【井伊の赤牛】 井伊直孝 | 信長出陣(信長の野望 出陣)
徳川家臣。直政の次男。病弱だった兄・直勝に代わって家督を継ぎ、近江彦根藩主となった。大坂夏の陣に参陣し、長宗我部盛親・木村重成の両軍を撃破した。出陣においては【金天衝の威】井伊直政や本多忠勝など、徳川家騎馬部隊の火力を底上げするサポート要員として活躍します。
【智謀縦横】 榊原康政 【信長の野望 出陣】
徳川家臣。徳川四天王の1人。「無」の旗を掲げて戦場を疾駆し、各地で抜群の功を立てた。晩年、「老臣権を争うは亡国の兆し」と老中の就任を辞退した。
【二代将軍】 徳川秀忠 【信長の野望 出陣】
家康の三男。関ヶ原合戦の際、中山道からの進軍を真田昌幸に阻まれ、父の不興を買う。しかし凡庸篤実な人柄を父に見込まれ、江戸幕府2代将軍となった。
【先駆けの赤備】 井伊直政 【信長の野望 出陣】
徳川家臣。徳川四天王の1人。軍装を赤で統一した軍兵は「赤鬼」と恐れられ、常に先鋒を争った。関ケ原の合戦では島津軍を追撃し、島津豊久を討ち取った。
【剛毅果断】吉良親貞【信長の野望 出陣】
長宗我部国親の次男。剛毅かつ知略に富んだ武将で、兄・元親の片腕として土佐統一に貢献した。土佐一条家滅亡後は土佐中村城代となるが間もなく病死した。
【北信の古豪】 村上義清 【信長の野望 出陣】
信濃の豪族。葛尾城主。武田信玄軍の攻撃を2度も退け、近隣に勇名を轟かす。しかし、真田幸隆の計略に敗れて居城を失い、越後の長尾景虎の庇護を受けた。
【退き佐久間】 佐久間信盛 【信長の野望 出陣】
織田家臣。各地の合戦で活躍し「のき佐久間」の異名をとる。石山本願寺攻めの総大将を務めるが、本願寺の退去後、怠慢不手際の叱責を受け、追放された。
【三楽斎の計策】太田資正【信長の野望 出陣】
北条家との戦いに生涯をかけたアンチ北条家武将。しかし『信長の野望 出陣』においては戦法や特性的に北条家と相性が良い。北条家の副将として起用してみましょう。
【井伊の赤鬼】 井伊直政 【信長の野望 出陣】
徳川家臣。徳川四天王の1人。軍装を赤で統一した軍兵は「赤鬼」と恐れられ、常に先鋒を争った。関ケ原の合戦では島津軍を追撃し、島津豊久を討ち取った。
【無傷の誇】 本多忠勝 【信長の野望 出陣】
徳川家臣。徳川四天王の1人。「家康に過ぎたるもの」と称された家中随一の猛将。名槍・蜻蛉切を手に57度の合戦に参陣し、傷一つ負わなかったという。
【御内書】 足利義昭 【信長の野望 出陣】
室町幕府15代将軍。織田信長の後援で将軍職に就くがのちに対立。周辺諸国と協力して、信長包囲網を敷く。自らも挙兵するが信長軍に敗れ、京を追われた。
【不動の白備】笠原康勝 【信長の野望 出陣】
北条家臣。能登守と称す。笠原家は父・信為の時に北条家に属したという。1554年。今川家との加島合戦において、北条氏繁らと共に先鋒を務めた。
【親指武蔵】 新納忠元 【信長の野望 出陣】
島津家臣。薩摩馬越城攻めや肥後経略など、各地の合戦で活躍し、島津家の看経所に名を残した4人のうちの1人。「二才咄格式定目」を著して子弟を戒めた。
【三つ鱗の覚悟】 北条氏邦 【信長の野望 出陣】
北条家臣。氏康の子。氏政の弟。上杉家との和睦を成立させた。豊臣秀吉の小田原征伐では出撃を唱えるが退けられる。前田利家に居城・鉢形城を落とされ、降伏した。
【三河魂】 松平元康 【信長の野望 出陣】
江戸幕府の創始者。広忠の子。桶狭間の合戦後に自立。織田家との同盟、豊臣家への従属を経て勢力を拡大する。関ヶ原合戦で勝利を収め征夷大将軍となった。

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