2.5周年キャンペーン開催中!【2/26~】

【井伊の赤鬼】 井伊直政 【信長の野望 出陣】

列伝報酬

この記事では【信長の野望 出陣】(信長出陣)に登場する武将の1人である【井伊の赤鬼】井伊直政について解説します。

基本情報

能力

戦法

特性

列伝

徳川家臣。徳川四天王の1人。軍装を赤で統一した軍兵は「赤鬼」と恐れられ、常に先鋒を争った。関ケ原の合戦では島津軍を追撃し、島津豊久を討ち取った。

解説

列伝イベント第2期【第一次上田合戦】の報酬武将として新登場。
SR鳥居元忠の友好度も同イベントで獲得できました。
現在では民忠の結晶で交換可能です。

旅人の駆け出し
旅人の駆け出し

井伊直虎を義母に持つ彦根城の城主。
特徴的な兜は令和の世ではひこにゃんに受け継がれております。

初登場時は列伝イベント後に覚醒を進める手段がありませんでしたが、後に民忠の結晶で友好度を獲得できるようになりました。

総合能力値は343とSSR武将の中でも高い部類。
徳川家では家康に次ぐ値であり、徳川四天王の中ではTopの値を誇ります。

各能力が軒並み高水準のため、編成ボーナスが発動させやすいです。

赤備武将であるため、真田幸村や山県昌景と組ませることで編成効果【赤備】を発動できます。

旅人の駆け出し
旅人の駆け出し

時代や勢力の垣根を超えた編成効果ですね。

戦法は【武勇攻撃】と【攻撃上昇】の攻撃系戦法。
範囲は小範囲で武勇攻撃の効果量はそこまで大きくありませんが、発動速度は驚異の15秒。
剣豪将軍が登場するまで、伊達政宗と共に最速を誇りました。

攻撃上昇の効果時間は22秒と非常に長い。
戦法発動速度との兼ね合いもあって、2発目以降は前の戦法の効果が残っている状態で放つことが出来ます。

効果時間の長い強化戦法は戦闘時間が長くなる共闘イベントでは重宝します。

井伊直政に限らず、徳川家の武将は【攻撃上昇】の効果を持つ武将が多いです。
【東国無双】本多忠勝瀬名姫【忠烈たる志】鳥居元忠も攻撃上昇戦法を所持しています。

旅人の駆け出し
旅人の駆け出し

同系統の戦法が固まると配下戦法の連係がつながった時の効果は大きいです。
東海地方の徳川家という事で配下戦法の連係が高くなりやすいです。

直政は発動速度が非常に速いです。
共闘イベでは連係させた方がDPSが高くなる場合もあるので、忠勝を大将にした方が良いです。

しかし、攻城戦など相手より先に撃ちたい場合は直政の大将起用は有効です。

特性として【強化延長・大将】を持つため、元々長い自身の戦法効果を更に伸ばすことが出来ます。

徳川家騎馬隊を編成させる場合【攻撃上昇・副将】【会心率上昇・騎馬】を持つので副将として起用するのも良いです。

【兵数上昇】はどの部隊にも有用なため便利な特性です。

直政は戦法発動速度が速いため、配下戦法の発動率を高くしやすいです。
【攻撃上昇】の効果時間が長いため、配下戦法として発動しても効果時間が長いため共闘イベントで重宝します。

民忠の結晶で交換可能な武将の中で最多の勢力が徳川家です。
24/8/25時点だと井伊直政、服部半蔵、柳生宗矩瀬名姫の4人が民忠の結晶で交換可能です。

民忠の結晶は1週間の獲得数に制限があるため、集めるのに時間はかかりますが、運に頼らず確実に部隊を揃えられると言えます。

東海地方は武将数が最多の地方のため、仮に徳川家で揃えなくても地方一致の編成ボーナスが発動させやすいです。

その他の徳川家臣

旅人の駆け出し
旅人の駆け出し

その他の徳川家の武将については下記の記事にまとめていますので参考にしてください。

徳川家関連記事

【羽黒の妙策】酒井忠次 | 信長出陣(信長の野望 出陣) 評価 解説
徳川家臣。徳川四天王筆頭。主君・家康の養育係を務めた。家康成人後は東三河衆を率いて各地を転戦し活躍。その才覚は織田信長や豊臣秀吉にも称賛された。出陣でも徳川家部隊全体の継戦能力をを底上げする優秀なサポート要員として家康の天下統一を支えます。
【井伊の赤牛】 井伊直孝 | 信長出陣(信長の野望 出陣)
徳川家臣。直政の次男。病弱だった兄・直勝に代わって家督を継ぎ、近江彦根藩主となった。大坂夏の陣に参陣し、長宗我部盛親・木村重成の両軍を撃破した。出陣においては【金天衝の威】井伊直政や本多忠勝など、徳川家騎馬部隊の火力を底上げするサポート要員として活躍します。
【非常の器】 本多正信 | 信長出陣(信長の野望 出陣)
徳川家臣。三河一向一揆に身を投じて主家を離反、諸国を放浪したのち帰参。行政と謀略に優れた手腕を発揮した。主君・家康には「友」と呼ばれたという。出陣においても高い知略を誇ります。知将持ちのため徳川家部隊の知略を底上げ可能です。徳川家康、本多忠勝、井伊直政といった大将の配下とすれば知略が大きく底上げされ【兵法】を強化出来ます。
【倫魁不羈】 水野勝成 | 信長出陣(信長の野望 出陣)
徳川家臣。遠江高天神城攻めなど多くの合戦に従軍した。一時は豊臣秀吉などに仕えたが、のちに帰参し、備後福山10万石を領す。島原の乱にも参陣した。出陣においても高い武勇を誇ります。勇将持ちのため徳川家部隊の武勇を底上げ可能です。統率に秀でた徳川家康の配下とすれば武勇が大きく底上げされ名将ボーナスの発動が容易となります。
【黒鹿烈戦】本多忠朝 | 信長出陣(信長の野望 出陣)
徳川家臣。忠勝の次男。関ヶ原合戦に従軍し、戦後、上総大多喜5万石を領す。大坂夏の陣では天王寺口の先鋒を務め、毛利勝永軍に正面から突入、戦死した。出陣でもその武勇は健在で、徳川家足軽隊の火力を底上げする強力なサポート要員(与力)として活躍します。
【東国一の勇士】 本多忠勝 | 信長出陣(信長の野望 出陣)
徳川家臣。徳川四天王の1人。「家康に過ぎたるもの」と称された家中随一の猛将。名槍・蜻蛉切を手に57度の合戦に参陣し、傷一つ負わなかったという。今回の忠勝は敵の強化を無視して攻撃を受け止め、無傷で戦法を放つ強力な盾役兼アタッカーとして活躍できます。
共闘イベント おすすめ編成 徳川足軽隊(武勇/対騎馬特化) 解説 | 信長出陣(信長の野望 出陣)
共闘イベントは編成の工夫が成果に結びやすくかつ報酬が美味しい頑張りがいのあるイベントです。当記事では共闘イベント用のおすすめ編成として対騎馬用の徳川足軽隊を解説しています。徳川家武将は集めやすい武将が多いので是非とも参考にしてください。
共闘イベント おすすめ編成 育成プラン 解説 徳川騎馬隊 | 信長出陣(信長の野望 出陣)
共闘イベントは編成の工夫が成果に結びやすくかつ報酬が美味しい頑張りがいのあるイベントです。当記事では共闘イベント用のおすすめ編成として徳川騎馬隊を解説しています。徳川家武将は集めやすい武将が多いので是非とも参考にしてください。
【一位局】 阿茶局 | 信長出陣
徳川家康の側室。雲光院、一位局とも。その才知から家康の寵愛を受け、陣中にも付き従った。外交手腕に長け、大阪冬の陣では豊臣方との講和交渉を務めた。出陣でも【欣求浄土】徳川家康のサポート役(与力)として家康を支える事が出来ます。
【智謀縦横】 榊原康政 【信長の野望 出陣】
徳川家臣。徳川四天王の1人。「無」の旗を掲げて戦場を疾駆し、各地で抜群の功を立てた。晩年、「老臣権を争うは亡国の兆し」と老中の就任を辞退した。
【万能一才】 栗山善助 【信長の野望 出陣】
黒田家臣。黒田八虎の一人。名は利安。官兵衛に仕えた股肱の臣。関ヶ原に際しては、義弟・母里太兵衛とともに官兵衛に従い、豊後の大友軍と戦った。
【二代将軍】 徳川秀忠 【信長の野望 出陣】
家康の三男。関ヶ原合戦の際、中山道からの進軍を真田昌幸に阻まれ、父の不興を買う。しかし凡庸篤実な人柄を父に見込まれ、江戸幕府2代将軍となった。
【金天衝の威】 井伊直政 【信長の野望 出陣】
徳川家臣。徳川四天王の1人。軍装を赤で統一した軍兵は「赤鬼」と恐れられ、常に先鋒を争った。関ケ原の合戦では島津軍を追撃し、島津豊久を討ち取った
【先駆けの赤備】 井伊直政 【信長の野望 出陣】
徳川家臣。徳川四天王の1人。軍装を赤で統一した軍兵は「赤鬼」と恐れられ、常に先鋒を争った。関ケ原の合戦では島津軍を追撃し、島津豊久を討ち取った。
【欣求浄土】 徳川家康 【信長の野望 出陣】
江戸幕府の創始者。広忠の子。桶狭間の合戦後に自立。織田家との同盟、豊臣家への従属を経て勢力を拡大する。関ヶ原合戦で勝利を収め征夷大将軍となった。

民忠の結晶で交換可能な武将

【常住死身】 鍋島直茂 【信長の野望 出陣】
龍造寺家臣。清房の子。主家の発展に貢献した知勇兼備の将。主君・政家を後見して国政を執った。関ヶ原合戦で東軍に属し、戦後、肥前の支配権を獲得した。
【知勇秀抜】 酒井忠次 【信長の野望 出陣】
徳川家臣。徳川四天王筆頭。主君・家康の養育係を務めた。家康成人後は東三河衆を率いて各地を転戦し活躍。その才覚は織田信長や豊臣秀吉にも称賛された。
【御坊の守護者】 下間頼廉 【信長の野望 出陣】
本願寺の坊官。石山合戦において法主・顕如に代わって全軍を指揮、織田信長に対し徹底抗戦を挑んだ。信長の死後、豊臣秀吉から本願寺町奉行に任じられた。
【道鬼の献策】山本勘助【信長の野望 出陣】
武田家臣。文武百般に通じ、主君・信玄の軍師を務めた。第四次川中島の合戦で「啄木鳥の戦法」を上杉謙信に見破られた責を負い、乱軍に突入し戦死した。
【奥州の竜】 伊達政宗 【信長の野望 出陣】
伊達家17代当主。輝宗の嫡男。瞬く間に周辺諸国を切り従えて24歳で奥州に覇を唱え「独眼竜」と畏怖された。権謀術数で豊臣・徳川両政権を生き抜いた
【威風凛然】 立花誾千代 【信長の野望 出陣】
立花道雪の娘。家督を継ぎ立花城主となり、立花宗茂を夫に迎えた。父譲りの武勇を誇り、関ケ原合戦で宗茂が留守の間は自ら兵を率いて城を守ったと伝わる。
【井伊の赤鬼】 井伊直政 【信長の野望 出陣】
徳川家臣。徳川四天王の1人。軍装を赤で統一した軍兵は「赤鬼」と恐れられ、常に先鋒を争った。関ケ原の合戦では島津軍を追撃し、島津豊久を討ち取った。
【一木離支】 瀬名姫 【信長の野望 出陣】
今川義元の養女。築山殿。徳川家康に嫁ぐ。桶狭間合戦後、夫が織田信長と同盟を結んだため、不和となる。武田家への内通の疑いを受けて夫に殺された。
【高遠の赤き桜】 仁科盛信 【信長の野望 出陣】
武田信玄の五男。信濃の豪族・仁科家の名跡を継ぐ。兄・勝頼の命により信濃高遠城を守る。織田信長軍に対し、頑強に抵抗したが衆寡敵せず敗北、自害した。
【忠烈たる志】鳥居元忠【信長の野望 出陣】
徳川家臣。関ケ原合戦の際に主君・家康の名で伏見城に籠城する。13日間の攻防戦の末、城兵と共に玉砕した。その忠節は「三河武士の鑑」と称賛された。
【朝倉の軍配】 朝倉義景 【信長の野望 出陣】
朝倉家5代当主。考景の嫡男。将軍・足利義昭と結び織田信長包囲網の一角を担うが、次第に勢威を失う。刀禰坂合戦で敗北を喫し、一族に背かれて自害した。
【島津の英主】 島津貴久 【信長の野望 出陣】
島津家15代当主。忠良の嫡男。父の補佐を受けて所領を広げ、薩摩統一を果たす。新兵器・鉄砲の導入や積極的な外交政策などで島津家飛躍の土台を築いた。
【鬼半蔵】 服部半蔵 【信長の野望 出陣】
徳川家臣。半三保長の子。父の跡を継ぎ隠密頭を務める。主君・家康の伊賀越えの際には、警護を担当し、無事に帰国させた。「鬼の半蔵」の異名をとった。
【上杉三十五腰】 上杉景勝 【信長の野望 出陣】
出羽米沢藩主。長尾政景の子。上杉謙信の養子となった。謙信の死後、御館の乱に勝利して家督を継いだ。関ヶ原合戦では西軍に属し、最上・伊達軍と戦った。
【鬼義重】 佐竹義重 【信長の野望 出陣】
佐竹家18代当主。義昭の嫡男。父の遺志を継ぎ、常陸の統一に成功する。北条家と伊達家を敵に回し、陣頭で自ら采配を振るう姿は「鬼義重」と恐れられた。

列伝報酬武将

【井伊の赤牛】 井伊直孝 | 信長出陣(信長の野望 出陣)
徳川家臣。直政の次男。病弱だった兄・直勝に代わって家督を継ぎ、近江彦根藩主となった。大坂夏の陣に参陣し、長宗我部盛親・木村重成の両軍を撃破した。出陣においては【金天衝の威】井伊直政や本多忠勝など、徳川家騎馬部隊の火力を底上げするサポート要員として活躍します。
【智謀縦横】 榊原康政 【信長の野望 出陣】
徳川家臣。徳川四天王の1人。「無」の旗を掲げて戦場を疾駆し、各地で抜群の功を立てた。晩年、「老臣権を争うは亡国の兆し」と老中の就任を辞退した。
【二代将軍】 徳川秀忠 【信長の野望 出陣】
家康の三男。関ヶ原合戦の際、中山道からの進軍を真田昌幸に阻まれ、父の不興を買う。しかし凡庸篤実な人柄を父に見込まれ、江戸幕府2代将軍となった。
【先駆けの赤備】 井伊直政 【信長の野望 出陣】
徳川家臣。徳川四天王の1人。軍装を赤で統一した軍兵は「赤鬼」と恐れられ、常に先鋒を争った。関ケ原の合戦では島津軍を追撃し、島津豊久を討ち取った。
【剛毅果断】吉良親貞【信長の野望 出陣】
長宗我部国親の次男。剛毅かつ知略に富んだ武将で、兄・元親の片腕として土佐統一に貢献した。土佐一条家滅亡後は土佐中村城代となるが間もなく病死した。
【北信の古豪】 村上義清 【信長の野望 出陣】
信濃の豪族。葛尾城主。武田信玄軍の攻撃を2度も退け、近隣に勇名を轟かす。しかし、真田幸隆の計略に敗れて居城を失い、越後の長尾景虎の庇護を受けた。
【退き佐久間】 佐久間信盛 【信長の野望 出陣】
織田家臣。各地の合戦で活躍し「のき佐久間」の異名をとる。石山本願寺攻めの総大将を務めるが、本願寺の退去後、怠慢不手際の叱責を受け、追放された。
【三楽斎の計策】太田資正【信長の野望 出陣】
北条家との戦いに生涯をかけたアンチ北条家武将。しかし『信長の野望 出陣』においては戦法や特性的に北条家と相性が良い。北条家の副将として起用してみましょう。
【井伊の赤鬼】 井伊直政 【信長の野望 出陣】
徳川家臣。徳川四天王の1人。軍装を赤で統一した軍兵は「赤鬼」と恐れられ、常に先鋒を争った。関ケ原の合戦では島津軍を追撃し、島津豊久を討ち取った。
【無傷の誇】 本多忠勝 【信長の野望 出陣】
徳川家臣。徳川四天王の1人。「家康に過ぎたるもの」と称された家中随一の猛将。名槍・蜻蛉切を手に57度の合戦に参陣し、傷一つ負わなかったという。
【御内書】 足利義昭 【信長の野望 出陣】
室町幕府15代将軍。織田信長の後援で将軍職に就くがのちに対立。周辺諸国と協力して、信長包囲網を敷く。自らも挙兵するが信長軍に敗れ、京を追われた。
【不動の白備】笠原康勝 【信長の野望 出陣】
北条家臣。能登守と称す。笠原家は父・信為の時に北条家に属したという。1554年。今川家との加島合戦において、北条氏繁らと共に先鋒を務めた。
【親指武蔵】 新納忠元 【信長の野望 出陣】
島津家臣。薩摩馬越城攻めや肥後経略など、各地の合戦で活躍し、島津家の看経所に名を残した4人のうちの1人。「二才咄格式定目」を著して子弟を戒めた。
【三つ鱗の覚悟】 北条氏邦 【信長の野望 出陣】
北条家臣。氏康の子。氏政の弟。上杉家との和睦を成立させた。豊臣秀吉の小田原征伐では出撃を唱えるが退けられる。前田利家に居城・鉢形城を落とされ、降伏した。
【三河魂】 松平元康 【信長の野望 出陣】
江戸幕府の創始者。広忠の子。桶狭間の合戦後に自立。織田家との同盟、豊臣家への従属を経て勢力を拡大する。関ヶ原合戦で勝利を収め征夷大将軍となった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました