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【無傷の誇】 本多忠勝 【信長の野望 出陣】

列伝報酬

この記事では【信長の野望 出陣】(信長出陣)に登場する武将の1人である【無傷の誇】本多忠勝について解説します。

基本情報

戦法

旅人の駆け出し
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誤って瀬名姫の戦法を掲載していました。

現在は修正しております。

特性

列伝

徳川家臣。徳川四天王の1人。「家康に過ぎたるもの」と称された家中随一の猛将。名槍・蜻蛉切を手に57度の合戦に参陣し、傷一つ負わなかったという。

解説

列伝イベント【三方ヶ原の戦い】の報酬武将として新登場。
【東国無双】本多忠勝に続いて2人目の忠勝となります。
列伝イベント第11期【関ヶ原の戦い】では【関ヶ原の驍勇】本多忠勝が登場しました。

旅人の駆け出し
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NHK大河ドラマ『どうする家康』では山田祐貴が演じました。
肖像画を8回描きなおさせたという逸話が丁寧に描かれていました。
本当の忠勝は肖像画通りの姿だったのか、はたまた全然違う姿だったのかは知る由もありませんが、信長の野望出陣の忠勝は見るからに強そうなビジュアルです。

総合能力値は322。
徳川四天王では直政に次いで2番手。徳川家全体では3番手です。

政治を除いた統率・武勇・知略の合計値は262です。
「三成に過ぎたるもの」と称された島左近も262です。
この辺りは運営側が意識して設定していそうです。

徳川家および東海地方で第一位の武勇は98を誇ります。
徳川家の騎馬兵種は全員SSRのため、勢力一致と兵種一致のボーナスが発動させやすいです。

戦法は【武勇攻撃】と【兵数回復】の攻撃系戦法です。
範囲・効果共に飛びぬけて優秀というわけではありません。

戦法発動速度は28秒と遅く、攻城戦などでは扱いづらいです。
しかし大将に起用した場合、配下戦法の連係率を高めやすいので共闘イベントでは意外とDPSが出ます。

徳川家の武将は【攻撃上昇】効果の戦法を所持する武将が多いです。
【東国無双】本多忠勝瀬名姫井伊直政鳥居元忠と攻撃上昇戦法を多数の武将が所持しています。

旅人の駆け出し
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戦法の発動速度が遅いため【無傷の誇】本多忠勝はこれらの配下戦法の連係率を高めやすいです。
同系統の戦法が固まると配下戦法の連係がつながった時の効果は大きいです。
回復効果もあるため、長時間の戦闘になる共闘イベントでは重宝します。

【東国無双】と異なり【無傷の誇】という名称に相応しく防御系の特性を多数所持しています。
【防御上昇・騎馬】【兵数上昇・副将】【被ダメージ軽減・騎馬】を所持しており継戦能力に優れます。

【忠烈なる志】鳥居元忠の特性【軒昂被ダメージ軽減・徳川家部隊】は効果量の多い特性ですが、70%以上兵数が無いと効果を発揮しません。
【無傷の誇】本多忠勝の防御系特性はいずれも兵数を維持しやすくするため相性が良いと言えます。

【与ダメージ増加・副将】も所持しています。
【井伊の赤鬼】井伊直政が所持しているのが【攻撃上昇・副将】であるため、互いに特性が重複せず相性が良いです。

旅人の駆け出し
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副将特性が二つあることから基本的には副将での起用をおススメします。
他の徳川家武将との相性も良く、徳川家では貴重な回復効果がある戦法を所持します。
特に共闘イベントでの活躍が期待できます。

民忠の結晶で交換可能な武将の中で最多の勢力が徳川家です。
24/8/26時点だと井伊直政、服部半蔵、柳生宗矩瀬名姫の4人が民忠の結晶で交換可能です。

民忠の結晶は1週間の獲得数に制限があるため、集めるのに時間はかかりますが、運に頼らず確実に部隊を揃えられると言えます。

東海地方は武将数が最多の地方のため、仮に徳川家で揃えなくても地方一致の編成ボーナスが発動させやすいです。

その他の徳川家臣

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その他の徳川家の武将については下記の記事にまとめていますので参考にしてください。

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徳川家臣。徳川四天王の1人。軍装を赤で統一した軍兵は「赤鬼」と恐れられ、常に先鋒を争った。関ケ原の合戦では島津軍を追撃し、島津豊久を討ち取った。
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【無傷の誇】 本多忠勝 【信長の野望 出陣】
徳川家臣。徳川四天王の1人。「家康に過ぎたるもの」と称された家中随一の猛将。名槍・蜻蛉切を手に57度の合戦に参陣し、傷一つ負わなかったという。

列伝報酬武将

【先駆けの赤備】 井伊直政 【信長の野望 出陣】
徳川家臣。徳川四天王の1人。軍装を赤で統一した軍兵は「赤鬼」と恐れられ、常に先鋒を争った。関ケ原の合戦では島津軍を追撃し、島津豊久を討ち取った。
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【三楽斎の計策】太田資正【信長の野望 出陣】
北条家との戦いに生涯をかけたアンチ北条家武将。しかし『信長の野望 出陣』においては戦法や特性的に北条家と相性が良い。北条家の副将として起用してみましょう。
【井伊の赤鬼】 井伊直政 【信長の野望 出陣】
徳川家臣。徳川四天王の1人。軍装を赤で統一した軍兵は「赤鬼」と恐れられ、常に先鋒を争った。関ケ原の合戦では島津軍を追撃し、島津豊久を討ち取った。
【無傷の誇】 本多忠勝 【信長の野望 出陣】
徳川家臣。徳川四天王の1人。「家康に過ぎたるもの」と称された家中随一の猛将。名槍・蜻蛉切を手に57度の合戦に参陣し、傷一つ負わなかったという。
【御内書】 足利義昭 【信長の野望 出陣】
室町幕府15代将軍。織田信長の後援で将軍職に就くがのちに対立。周辺諸国と協力して、信長包囲網を敷く。自らも挙兵するが信長軍に敗れ、京を追われた。
【不動の白備】笠原康勝 【信長の野望 出陣】
北条家臣。能登守と称す。笠原家は父・信為の時に北条家に属したという。1554年。今川家との加島合戦において、北条氏繁らと共に先鋒を務めた。
【親指武蔵】 新納忠元 【信長の野望 出陣】
島津家臣。薩摩馬越城攻めや肥後経略など、各地の合戦で活躍し、島津家の看経所に名を残した4人のうちの1人。「二才咄格式定目」を著して子弟を戒めた。
【三つ鱗の覚悟】 北条氏邦 【信長の野望 出陣】
北条家臣。氏康の子。氏政の弟。上杉家との和睦を成立させた。豊臣秀吉の小田原征伐では出撃を唱えるが退けられる。前田利家に居城・鉢形城を落とされ、降伏した。
【三河魂】 松平元康 【信長の野望 出陣】
江戸幕府の創始者。広忠の子。桶狭間の合戦後に自立。織田家との同盟、豊臣家への従属を経て勢力を拡大する。関ヶ原合戦で勝利を収め征夷大将軍となった。
【深謀の仁将】 小早川隆景 【信長の野望 出陣】
この記事では【信長の野望 出陣】(信長出陣)に登場する武将の1人である【深謀の仁将】小早川隆景について解説します。基本情報能力戦法特性列伝毛利元就の三男。安芸の豪族・小早川家を継ぎ、山陽地方の攻略にあたる。本能寺の変後は毛利家の存続を図って…
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【不退転の典厩】 武田信繁 【信長の野望 出陣】
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