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【御館の仁者】 上杉景虎 【信長の野望 出陣】

上杉家

この記事では【信長の野望 出陣】(信長出陣)に登場する武将の1人である【御館の仁者】上杉景虎について解説します。

基本情報

能力

戦法

特性

列伝

北条氏康の七男。越相同盟成立の際に越後に赴き、のちに上杉謙信の養子となった。謙信の死後、御館の乱において義弟の上杉景勝と家督を争うが、敗死した。

解説

列伝イベント【御館の乱】の登場した報酬武将。
通常の列伝の報酬武将としては珍しくSSR900の武将です。

旅人の駆け出し
旅人の駆け出し

上杉家と北条家に所属する武将です。
大将に起用した場合はどちらの勢力の特性の恩恵も得られるため、戦術の幅が非常に広い武将です。

総合能力値275とSSR全体の中では低め。
実父である北条氏康、義父である上杉謙信と比べると大きく劣ります。
家督を争った上杉景勝にも劣る評価となっています。

武将名合計統率武勇知略政治備考
北条氏康36496878695景虎の実父
上杉謙信363981008481景虎の義父
上杉景勝31580777979景虎の義弟
上杉景虎27578517274
武将比較

兵種は騎馬。
上杉家に多い兵種ですが北条家にも一定数います。
地方は北陸なので上杉家武将の方が地方一致は狙いやすいです。
勢力は上杉家/北条家です。
どちらも武将数が多い勢力なので勢力一致が非常に狙いやすいです。

旅人の駆け出し
旅人の駆け出し

実父である氏康義父である謙信も騎馬兵種のSSR武将がいます。
特性的には全く噛み合いませんが彼らを配下にするのも夢がありますね。

戦法は【御館の仁者】
効果は【兵数回復】と【兵法上昇】の回復系戦法。
強化することで【攻撃上昇】が追加されます。
範囲は自部隊中心小範囲。
強化することで【兵数回復】のみ中範囲に拡大されます。
戦法発動間隔は20秒です。

旅人の駆け出し
旅人の駆け出し

上杉家では仙桃院くらいしかいない貴重な回復担当です。
北条家でも回復系戦法の使い手は少ないです。

固有特性として【越後の静謐】を持ちます。
効果は自部隊兵種騎馬時、防御上昇です。
【防御】は相手からの通常攻撃のダメージを軽減する効果があります。
武勇戦法や知略戦法のダメージを軽減する効果はありません。
【信長の野望 出陣】は一回の戦闘が20~30秒程度で終了することがほとんどです。
そのうち最初の十数秒間は通常攻撃のみが飛び交う時間帯です。
その多くは前衛兵種が受ける事になります。
戦法発動までに間に倒されないようにするには【防御】は重要な能力です。
上杉家も北条家も前衛兵種が多い勢力なので防御を上げる価値は高いです。

【与回復量増加・与力】を持ちます。
効果量はLv1で10%、Lv5だと30%です。
強者討伐、戦国双六、制圧戦では残り味方兵数がスコアに関係します。
そのため、兵数を回復させた後で敵を倒すことで高いスコアを獲得できます。
しかし、兵数回復のための武将を多く部隊に配置してしまうとその他の役割の武将を減らすことになります。
結果として味方兵数以外のスコアが伸ばしづらくなってしまいます。
少ない回復要員で兵数を大きく回復させるためには与回復量増加の特性は有用です。
共闘イベントでも、味方部隊を倒されないようにしたいが攻撃役は減らしたくないといった場合に重宝します。

【与ダメージ増加・与力】を持ちます。
【与ダメージ増加】系特性はその名の通り、相手に与えるダメージを上昇させる効果を持ちます。
加えて相手の【被ダメージ軽減】効果を相殺する効果を持ちます。
被ダメージ軽減特化編成にとって、被ダメージ軽減効果が100%の場合と85%の差は大きいです。

【強化延長・上杉家/北条家部隊】を持ちます。
【強化延長】は戦法による強化効果の付与時間を延長させることが出来ます。
【強化効果】は【弱体効果】と異なり、【兵法】を上げても付与時間を延長することは出来ません。
そのため特性で上げる事が重要になります。
【強化効果】は複数ありますが、【強化延長】と最もシナジーが発揮できるのは【戦法速度上昇】です。
【戦法速度上昇】効果の付与時間を延長し、1発目の効果が切れる前に2発目の戦法が撃てるようになれば、戦法の発動間隔をどんどん短くすることが出来ます。
共闘イベントのように戦闘時間が長い戦いではこの恩恵はとても大きいです。

上杉家も北条家も【戦法速度上昇】を扱う武将がいるのでどちらの勢力であっても活躍が期待できます。

固有特性として【景虎の慈悲】を持ちます。
効果は自部隊兵種時、武勇戦法と知略戦法で受ける被ダメージ軽減です。
通常攻撃や固定ダメージの攻撃を軽減することは出来ません。
2周年の少し前から武田家の武将が所持してきた戦法ダメージ軽減特性ですが、上杉家・北条家にも所持者が現れたことになります。

出陣の初期の頃は武将数が少なく1部隊を同一勢力で固めるのも難しかったです。
しかし、サービス開始から時間が経ったことで、上杉家や北条家のような大勢力では同一勢力の武将で部隊や軍団を固める事が難しくなくなってきました。

上杉家部隊や北条家部隊を全体を強化する特性を有する武将が増えてきたこともあり、同一勢力で固める利点も大きくなってきました。

上杉家、北条家の両方の勢力に所属する景虎はどちらの勢力の特性の恩恵も享受することが出来る便利な武将です。

旅人の駆け出し
旅人の駆け出し

様々な役割を担えるポテンシャルを秘めています。
特に北条家は将星が未登場なので、今後価値が大きく飛躍するかもしれません。

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北条家臣。福島正成の子。父の死後、北条氏綱を頼り、氏綱の娘を娶って一門となる。河越合戦などで活躍し、その旗印より「地黄八幡」と呼ばれ畏怖された。出陣においても高い武勇を誇ります。勇将持ちのため北条家の武勇の底上げが可能です。統率に優れた義兄・北条氏康の配下とすることで名将ボーナス統・武の発動が容易となります。
【地黄八幡】北条綱成【信長の野望 出陣】
後北条家3代目の北条氏康の義弟にして、北条家随一の猛将。日本三大奇襲と称される河越夜戦の立役者の一人。相手部隊混乱時にダメージを増加する特性を有しているため、混乱付与効果の戦法を持つ【相模の獅子】北条氏康や風魔小太郎と組ませると効果的。
【川越城】 北条綱成 【信長の野望 出陣】
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後北条家3代当主。氏綱の嫡男。武田信玄・上杉謙信ら強豪としのぎを削り、関東に一大王国を築いた。知勇兼備の名将で、戦国期随一の民政家としても著名。
【相模の獅子】北条氏康【信長の野望出陣】
後北条家3代目当主にして後北条家の最盛期を築いた関東の覇者。通称【相模の獅子】。列伝イベント第8期の河越夜戦にて義弟の北条綱成と共に登場。北条家配下武将の連係率と戦法効果を高めることができる特性【向疵の誇】と【三つ鱗の結束】を有している
【火牛の計】 北条早雲 【信長の野望 出陣】
今川家臣。小鹿範満の乱を平定し、発言力を持つ。堀越公方や扇谷上杉家臣・三浦家らを滅ぼして伊豆・相模を領国化した。「戦乱の梟雄」として名高い人物。
【獅子奮迅】 北条氏康 【信長の野望 出陣】
後北条家3代当主。氏綱の嫡男。武田信玄・上杉謙信ら強豪としのぎを削り、関東に一大王国を築いた。知勇兼備の名将で、戦国期随一の民政家としても著名。
【不動の白備】笠原康勝 【信長の野望 出陣】
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【箱根温泉】 北条早雲 【信長の野望 出陣】
今川家臣。小鹿範満の乱を平定し、発言力を持つ。堀越公方や扇谷上杉家臣・三浦家らを滅ぼして伊豆・相模を領国化した。「戦乱の梟雄」として名高い人物
【忍城】 成田甲斐 【信長の野望 出陣】
成田氏長の娘。小田原攻めでは三宅高繁を討ち取るなど、石田三成率いる大軍から忍城を守る。東国一の美貌と謳われ、のちに羽柴秀吉の側室となった。
【小田原城】北条氏康【信長の野望 出陣】
後北条家3代当主。氏綱の嫡男。武田信玄・上杉謙信ら強豪としのぎを削り、関東に一大王国を築いた。知勇兼備の名将で、戦国期随一の民政家としても著名。
【忍城の水花】 成田甲斐 【信長の野望 出陣】
成田氏長の娘。小田原攻めでは三宅高繁を討ち取るなど、石田三成率いる大軍から忍城を守る。東国一の美貌と謳われ、のちに羽柴秀吉の側室となった。
【颶風撩乱】風魔小太郎【信長の野望 出陣】
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【井伊の赤牛】 井伊直孝 | 信長出陣(信長の野望 出陣)
徳川家臣。直政の次男。病弱だった兄・直勝に代わって家督を継ぎ、近江彦根藩主となった。大坂夏の陣に参陣し、長宗我部盛親・木村重成の両軍を撃破した。出陣においては【金天衝の威】井伊直政や本多忠勝など、徳川家騎馬部隊の火力を底上げするサポート要員として活躍します。
【智謀縦横】 榊原康政 【信長の野望 出陣】
徳川家臣。徳川四天王の1人。「無」の旗を掲げて戦場を疾駆し、各地で抜群の功を立てた。晩年、「老臣権を争うは亡国の兆し」と老中の就任を辞退した。
【二代将軍】 徳川秀忠 【信長の野望 出陣】
家康の三男。関ヶ原合戦の際、中山道からの進軍を真田昌幸に阻まれ、父の不興を買う。しかし凡庸篤実な人柄を父に見込まれ、江戸幕府2代将軍となった。
【先駆けの赤備】 井伊直政 【信長の野望 出陣】
徳川家臣。徳川四天王の1人。軍装を赤で統一した軍兵は「赤鬼」と恐れられ、常に先鋒を争った。関ケ原の合戦では島津軍を追撃し、島津豊久を討ち取った。
【剛毅果断】吉良親貞【信長の野望 出陣】
長宗我部国親の次男。剛毅かつ知略に富んだ武将で、兄・元親の片腕として土佐統一に貢献した。土佐一条家滅亡後は土佐中村城代となるが間もなく病死した。
【北信の古豪】 村上義清 【信長の野望 出陣】
信濃の豪族。葛尾城主。武田信玄軍の攻撃を2度も退け、近隣に勇名を轟かす。しかし、真田幸隆の計略に敗れて居城を失い、越後の長尾景虎の庇護を受けた。
【退き佐久間】 佐久間信盛 【信長の野望 出陣】
織田家臣。各地の合戦で活躍し「のき佐久間」の異名をとる。石山本願寺攻めの総大将を務めるが、本願寺の退去後、怠慢不手際の叱責を受け、追放された。
【三楽斎の計策】太田資正【信長の野望 出陣】
北条家との戦いに生涯をかけたアンチ北条家武将。しかし『信長の野望 出陣』においては戦法や特性的に北条家と相性が良い。北条家の副将として起用してみましょう。
【井伊の赤鬼】 井伊直政 【信長の野望 出陣】
徳川家臣。徳川四天王の1人。軍装を赤で統一した軍兵は「赤鬼」と恐れられ、常に先鋒を争った。関ケ原の合戦では島津軍を追撃し、島津豊久を討ち取った。
【無傷の誇】 本多忠勝 【信長の野望 出陣】
徳川家臣。徳川四天王の1人。「家康に過ぎたるもの」と称された家中随一の猛将。名槍・蜻蛉切を手に57度の合戦に参陣し、傷一つ負わなかったという。
【御内書】 足利義昭 【信長の野望 出陣】
室町幕府15代将軍。織田信長の後援で将軍職に就くがのちに対立。周辺諸国と協力して、信長包囲網を敷く。自らも挙兵するが信長軍に敗れ、京を追われた。
【不動の白備】笠原康勝 【信長の野望 出陣】
北条家臣。能登守と称す。笠原家は父・信為の時に北条家に属したという。1554年。今川家との加島合戦において、北条氏繁らと共に先鋒を務めた。
【親指武蔵】 新納忠元 【信長の野望 出陣】
島津家臣。薩摩馬越城攻めや肥後経略など、各地の合戦で活躍し、島津家の看経所に名を残した4人のうちの1人。「二才咄格式定目」を著して子弟を戒めた。
【三つ鱗の覚悟】 北条氏邦 【信長の野望 出陣】
北条家臣。氏康の子。氏政の弟。上杉家との和睦を成立させた。豊臣秀吉の小田原征伐では出撃を唱えるが退けられる。前田利家に居城・鉢形城を落とされ、降伏した。
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江戸幕府の創始者。広忠の子。桶狭間の合戦後に自立。織田家との同盟、豊臣家への従属を経て勢力を拡大する。関ヶ原合戦で勝利を収め征夷大将軍となった。

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